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はじめに
(少し長文なので忙しい人は読まないようにしよう。)
今回掲載している、加計町、戸河内町、筒賀村は2004年に町村合併して安芸太田町になっている。太田という名称がどこから発生したのか知らないが、もう、20年近くも経過するのに、私には加計町は、加計町であり、決して安芸太田町の名は出てこない。マ、あと20年もすれば安芸太田町の加計が定着するかも。あまり町村名は変更すべきではない気がする。
さて、この安芸太田町は2004年、合併時の人口が約8400人だったのが、今では(2022年)なんと約5400人に激減している。はっきり言って手の打ちようがないともいえるが、先日(6/8)戸河内町の八幡原に菖蒲を見に行き、あたりをグルグルまわったが、その時感じたことは、人口が40%も減少のに、さびれた感じはなく、特に戸河内インター付近はコロナだというのに活気すら感じた。ふしぎなことだ。2町プラス1村の合計は昭和55年(1980)では約13000人なので40年そこそこで,約60%も減少したことになる。。田舎は弾力ががあるとしか言えない。
なお、、人口問題に興味があり、すっごく暇な人はつづきの「トラじゃの人口問題」を見てみよう。 (2022/6/12) |
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| トラじゃのつぶやき |
この写真は昭和55年12月6日(土)11時55分 広島市段原大畑町で写しました。いきなりおわびです。今回の「神石郡油木町」の写真はすでに平成23年に掲載していました。油木町は掲載した記憶がなく、HPをザッと見ても油木町の文字は見えなかったので2週間かけてHP108回を仕上げました。 しかし丁寧に再度チェックすると、なんと「再掲載コーナー」の第39回にちゃんと載っていました。なんともはや・・・・・です。なので、39回とは若干ニュアンスにちがいはありますが今回は忙しくない人も見るのはやめましょう。
なお、「東海道中膝栗毛」は重複してないので、ここだけ見てください。
2022/4/25 |
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