9)「おや、気がつきましたか」もないもんだ !

 

 カワサキW5月の新緑を全身にあびて、気分よく走行していた。ショーエイのシールドから吹き込む風は耳元で軽く渦を巻き、首に抜けていく。かなぶんだか何だかわからないが、シールドにガチンとぶつかり、吹き飛んだ。60キロ以上で走ると、たまにこういうことがあるので、シールドはかかせないのだ。そういえば秀樹君と一緒のときはノーヘルだったなあ。75才にもなって大型バイクに乗るのは危ないから、皆から止めろ止めろといわれているが、ゲートボールとか温泉旅行なんてジジ臭いことはまっぴらごめんである。

 このごろはパソコンとかいうものに凝っている。ドドドドドッとここちよいエンジン音を友にして、曲がりくねった峡谷沿いを右に左にハングオンしながらツーリングを楽しんでいたその時、カーブの道のセンターラインを大きくはみ出して、突っ込んできた真っ白のクラウン。

 ヤバイと思ったら、わたしは宙に浮いて谷底へ。バイクは反動でガードレールに激突し、車高の低いクラウンは山側の岩にガリガリガリッと接触し、相当のダメージをうけたようだが、わたしにはもちろん見えはしない。

 78メートルは落ちたろうか、悪いことに直接岩に全身を強打して、動こうにも動けない。不思議なことにどこも痛くないぞ。これはまずいのでは。

 戦争映画で、命にかかわる重傷のときは、痛みがないという場面があったようだが、今がその時では。ガードレールの上から、45人の若者がなにやらガヤガヤ言っていたが、すぐに見えなくなった。

 やつらが助けに来ないとなると、ここらは交通量が極端に少ないので、このまま1晩中発見されないのか・・・・・。薄れゆく記憶の中で、どうしたことか妻でもなく、子供でもなく、なぜか秀樹君が現れてきた。

 秀樹は確か、わたしが100才以上は生きると言ってくれたが、多分私はここでアウトになるだろう。彼の予言も当らないこともあるさ。そんなところまでは覚えているのだが・・・・・。

 「おや、気がつきましたか。」

 「・・・・・。」

 「しっかりしてください、気分はどうですか。」

 「・・・・・。」

 「わたしが見えますか。」

ぼんやりとした紅葉をバックになんだか懐かしい顔が・・・・・。

 「・・・・・・、もしかして、あなたは・・・・・、秀樹君。」

 「よかった、ようやくわかってもらえましたか。」

 「・・・・・・。」

 「どこか痛い所はないですか」

 「痛くないって・・・・・、私がどうかしたので・・・・・。」

 長い沈黙があって、私は自分が事故に()ったことを思い出した。岩にたたきつけられたはずだが、今は砂地の上だ。むっくり起き上がったが、動けないはずの体がどこも痛くない。それどころか、事故前よりも体がなんだかはつらつとしており、まるで2〜30才若がえったようで力もりもりと言った感じ。

 「たしか、わたしは瀕死(ひんし)の重傷だったはずですが・・・・・。」

 「そうですよ、わたしの来るのがもう少し遅かったら、危なかったでしょうね。なにしろ骨折が数えきれないほど多くて、内臓破裂もありましたからね。しかし、全てリメークしましたよ。」とこともなげに言う。

 「・・・・・。まさか、わたしは人造人間で、本当のわたしはそこらにスクラップになっているのでは・・・・・。」とあたりをこわごわ見回す。その様子があまりに面白かったのか、

 「はっはっはっ。人造人間はよかった。はっはっはっ。」と懐かしい秀樹君らしい笑い声が渓谷に響いた。あたりはもう夕焼けの時間は過ぎ、薄暗くなってきていた。川の上にはあのロードスターが宙に浮いていた。なんだか透き通ったようなロードスターである。

 「とにかく、予言どおり100才以上は生きてもらわないとね。」

 私は立ち上がり、ラジオ体操をしてみたが、なんだかいつもより気分も体もはるかに軽い。秀樹君がなにかをしてくれたのは確かである。秀樹君に命を助けてくれたお礼をいいながら、ゴールデンバットに火をつける。ゴールデンバットは最近、手に入れるのがむつかしくなったが、なんとか近所のタバコ屋で入手している。

 「どうしてわたしが事故ったとわかったのですか。わたしは何もできなかったのですが・・・・・。」

 「高橋さんに異変があると、この指輪、ロードスターの計器、いなかのバスの計器全てが反応するようになっているので、すぐ異常がわかります。幸い、わたしはたまたまこの天の川銀河にいたので、即刻来れたわけです。」

 「それにしても、なぜ40年間も会ってくれなかったのですか。会いたかった、本当に会いたかった。」わたしは、突如涙があふれて止まらなくなった。さきほどの事故で涙腺(るいせん)がゆるんだのかも、日本男児がこんなことで泣くなんて・・・・・。秀樹君もしばらく言葉がなかった。彼もおそらく泣いていたのかも。

 秀樹にとっても40年の歳月はわたしと変らないはずだが、なんだかほとんど(とし)

をとっておらず、少し貫禄がついて頼もしさが増している。さすがに寿命が300才というだけのことはある。

 それに引き換え、わたしにとっての40年の歳月は、貫禄がつきすぎて、むしろ貫禄ではなく、棺おけが近くなったのではと思わせる変貌(へんぼう)ぶりである。無理もない、なにしろ35才が75才になってしまったのだから。

 「それにしても不思議ですね。高橋さんが私のことを覚えているなんてことは絶対あり得ないことなんですが・・・・・。どうしてわたしの名をご存知ですか。」

 「ご存知もなにも、この40年間、何かがあったはずだとずっと思い続けて、やっと半年前に、突然思い出したのですよ。」

 「へんですねー。どういうきっかけで記憶がよみがえったのですか・・・・・、あり得ないことですがね。」と全く()に落ちない様子であった。

 そこで、半年前の快晴の春の日、ロードスターに乗って、アメリカン・ポップスを聞きながら、渓谷沿いを走っているときに、恋のボサノバを聞いた瞬間、今まで詰まっていた頭脳の血管の一部が(せき)を切って流れ出したような感じがしたことを、こと細かく説明したのだった。

 「ふーむ、あり得ないことことだが・・・・・。」と先ほどからあり得ないの連発だったが、

 「わたしも200才近くになりましたが、こんな話は聞いたことがありませんね・・・・・。しかし、起こりえないことが起こるのも宇宙の不思議のひとつかも知れませんねえ・・・・・・。」とあごに手をあて空を見つめる。しばらくの沈黙のあと、

「それにしても、高橋さんを見捨てたまま逃げたやつらをそのままにはしておけませんね。」

 「というと・・・・・。」

 「どうせろくな連中ではないので、この世から消えてもらいましょう。まだ、遠くには行っていないでしょう。」と腕時計のようなものをいじくり始めた。

 「ちょっと、秀樹君、この世から消えてもらうというと・・・・・。」

 「もちろん、地獄に行ってもらうのですよ。」

 「・・・・・。」

 「え〜と、この先に巨大な無人のカワサキWが現れる・・・・・・と。これでよし。」

 「もしかして、あの連中は死ぬのですか。」

 「そうですよ。この先で直径10メートルのタイヤのデカバイクと激突しますから、当然アウトですよ、どうかしましたか。」

 「・・・・・いや、確かにやつらはろくな連中ではないでしょうが、殺すまではないでしょう。」

 「日本は狭い国でおまけに人口が多すぎるので、こういう連中は消えてもらったほうがいいと思うのですが・・・・・。」

 「わたし、というよりも人を吹き飛ばし、瀕死(ひんし)の状態の人を、ほったらかしにするようなやつは確かに死に値するとも言えますが・・・・・、まだ彼らは若い。全員全治半年ぐらいの瀕死の重傷ということにしては・・・・・。」

 「被害者のあなたがそういうのであれば・・・・・。」とまた腕時計様のものをチョイチョイと操作した。どうも今回のことといい、以前のニセ札作りといい、秀樹君、20世紀を専攻したというわりには、20世紀の法律というか、常識に乏しすぎるね。

 こちらはわたしを空中飛行させた4人組。車内では助けに帰ろう、いやもう死んでいるから逃げるに限るとスッタモンダ言いながら、すっ飛ばしていたが、前方からなにやら、ドバッ、ドバッ、ドバッと腹の(しん)に響く轟音(ごうおん)がするので、4人が眼をこらすと・・・・・・。なんと信じられない光景が彼らを待っていた。

 ものすごい巨大なバイクが突進してくるではないか。しかも無人である。タイヤの巾は優に3メートルはあり、ほとんど道路いっぱいで、逃げ場がない。避ける(いとま)もあらばこそ、クラウンは無人のカワサキと接触し、木の葉のようにクルクルと舞い上がり、谷底に激突、原型をとどめない惨状となった。 

4人は本当に全治6カ月の大ケガとなったが、そのくらいのケガで済んだのが不思議なくらいのクラッシュぶりだった。おまけにこの4人は、数年間この巨大バイクの悪夢に悩まされたそうである。

 さて、チョイチョイと6カ月の重傷を与えた秀樹君であるが、意外とクールな一面があるんだねー。

 「高橋さん、コールマンを持ってきたので、地球の本物のコーヒーを飲みましょうか。」わたしのディパックには確かにコーヒーとコールマンが入っていたが、コールマンは使い物にならなくなっていた。

 そろそろ寒くなり始めた峡谷で飲むコーヒーの味は格別だった。わたしは庄原で例の喫茶店のマダム(このマダムも当たり前のことだが、いまではバーチャル・・・・・?ではなかった、バーちゃんになってしまった)からキーコーヒーのトラジャコーヒーを安く購入しているので、味には自信があった。マダムのいれるコーヒーはクエスチョンだったが・・・・・。

 インターネットはまだほとんど普及していないが、なんとわたしはホームページまで持っており、ペンネームをとらねこ・トラじゃにしている。その由来はこのトアルコ・トラジャなのじゃ。ま、そんなことはどうでもいいが・・・・・。

 「どうです、秀樹君の缶コーヒーとはダンチでしょう。」

 「まったくですね。ちょっと分けてください。あとでインプットしましょう。」

 「シルバーボールに行くことがあれば、アトム君にも飲ませてやってください。彼は相当のコーヒー好きですから。」

 「アトム君?・・・・・、あー、あのガイドのね、シルバーボールには年に23回は行くので、お安い御用ですよ。」コールマンで暖をとりながら、よもやま話に花が咲いたが、それはまた後日述べよう

いや、よもやま話をひとつだけお話しよう。もう5,6年前のことだ。10才になる孫娘の由美子がテレビゲームをやっていたので、見るとはなしに見ていた。

なんでも向かってくる敵の飛行物体を打ち落としながら、いろいろな場面が展開するのを進んでいくという男性的なゲームだったが、なんだか遠い昔、わたしが経験したような気がしたので、

「どれどれわたしにやらせてもらえんかね。」

「えー、おじいちゃんにはムリムリ。」とまだゲームから目を離さない。しかたないので、自分の部屋にもどって新聞を読んでいたが、しばらくしてゲームにあきたのか、

「おじいちゃーん、やってみる。」と大声でわたしを呼ぶ。

「わたしは366点だったけど、おじいさんだったらせいぜい50点ね。」

「ふーん、満点はいくらだね。」

「6000点だけど、30分のうちに終わらないとだめなの。」

「よしきた見ておいで。」というが早いか、それこそ自分でも信じられないスピードで次々と難問をクリアーして、わずか2分ほどで満点を達成したのには由美子もびっくり。

「おじいちゃん、すごーい。高橋名人よりももっともっとすごーい。」ということで、それ以来、孫娘が私を尊敬のまなざしで見るようになった気がする。このときは自分でもどうしてそんな敏捷性(びんしょうせい)が発揮できたのか、さっぱりわからなかったが、どうも宇宙船のボブ君や千手観音君による猛烈な特訓のおかげだったにちがいない。

そんな他愛(たあい)ない話をしているあいだに、夕焼けはとっくの昔に去り、夜の気配が色濃くなってきた。川の上で待ちぼうけのロードスターを呼び、それに乗ったのだが、ほとんど信じられない車になっていた。なにしろボデーが全てスケスケの無色透明でエンジンからシャーシーまで全て丸見えで、しかもうっすらとレモン色に自然発光しており、とても地球のものとは思えないものなのだ。なんだか趣味が悪いがこれはこれで面白いのかな。

 「奇抜な車になってるね。」

 「スケルトンボデーといって、たまにはこんなのもオツなものですよ。」

 「私も今はブルーのロードスターに乗ってますよ。」

 「それはよかった。夢がかないましたね。」

 「今日こそ、わたしの家で食事をしてください。」

 「もちろん、およばれしましょう。」

 クシャクシャになったカワサキは圧縮して「いなかのバス」に持ち帰り、代わりに新品のコピーをもらった。(よめ)さんが勘違いして、また新品を買ってと文句を言うだろうなあ。

 突然のお客さんで母も妻もあわてていた様だが、秀樹君の陽気な人柄のおかげか、話がはずんだ。夜も遅かったが酒屋に配達してもらい、秀樹君念願の「賀茂泉」もたっぷり飲んでもらい、おおいに盛り上がった。

わたしの希望で、4人全員が2000年前の瀬戸内海、特に春うららかな広島近郊の海岸沿いを2台のロードスター(わたしと母は光輝く金色のロードスターに乗ったのだが、、ちょっとハデすぎたか、母は「おやおや、とうとうお迎えが来ましたね。」と観念したようだった)に分乗して散策してもらったのは、もう夢以上の出来事で、人の手が入らない自然の美しさというものはこんなにも素晴らしいものかと、思わず鼻がツーンとした。

春うららかな瀬戸内海には宮城道雄の「春の海」で決まりなので、ステレオをかけると母は今まで見たことがないような喜びようだった。本人も琴の演奏を趣味としているので、特に感銘したのかも・・・・・。こういう風景のときはなにもしないで、静かに景色を楽しむのが原則だが、「春の海」は特別サービスというわけだ。

もうすぐ100歳になる母も冥土(めいど)のおじいさんへよいおみやげができたと大層喜んでくれた。じゅうぶんに春爛漫の瀬戸内海を堪能(たんのう)して家に帰った。ついでのことに泊まっていけばと秀樹君に勧めたが、明日にはアンドロメダの自宅に帰らねば奥さんのヤマが悪いとかでそそくさと帰宅の用意をした。

「賀茂泉」をおみやげに持って帰ってもらったが、お返しに母と妻の健康状態を20年前にしましょうと、頼みもしないのに右手の腕輪のようなものから、見たこともないような透き通ったゴールド紫の光を2人に当てた。

酒ビンを肩に担ぎ車に乗り、スケルトンのロードスターは夜空に自然発光したかのように、美しく輝きながら、ゆっくりと上昇し、ユラユラとゆれたかとおもうと一瞬のうちに視界から消えた。

言うまでもないことだが、わたしたち3人が、自宅で夜空を眺めていたのが、なんのために夜空を見ていたのか、全くわからないで、お互いがキョロキョロして見詰め合ったがものだ。

翌日、母がきょうは「ほんとに気分がいいですよ。」と喜びながら、起きてきた。妻は妻で「なんだか若返ったみたい。」といそいそと台所仕事に精をだしている。わたしはわたしで、きのう確かバイクでツーリングに行って、なにか事故にあったまでは覚えているのだが、今朝起きてみると、じつにさわやかで、妻の言い草ではないが若返って生気みなぎると言う感じである。

おまけに虫歯に悩まされていたのが、なんと入れ歯がすべて、自分の歯に入れ替わっていた。それにまわりの景色もいつもよりクッキリ見える。

それよりもっと驚いたことは、車庫に行って、新品のピカピカのカワサキWを見たことである。これを見て「ははーん、秀樹君がなにかしたな。」とピンと来たが、何がどうなったのかさっぱりわからずじまいである。もし、事故で秀樹君が助けに来てくれたのなら、ついでのことにロードスターも新品にしてくれるように、頼めばよかったなーと考えながら畑仕事に精をだしている。

 

願わくば  ロードスターも  リニューアル