7)アメリカン ポップスは楽しいね

 

 さて、シルバーボールもその後10日間ほど見学し、とにかく信じられない体験の連続で、それをまとめると、優にギボンの「ローナ帝国衰亡史」に匹敵する、いやいやそれよりもはるかにページ数を越えるであろう。フィルムもとうの昔に35本全てを使い切ってしまい、キャノンは無用の長物(ちょうぶつ)と化してしまった。

 5日間の母船での体験も書き出せばきりがなく、またいくら書いても地上へは伝えられないとは情けない限りである。母船にさよならして、一路地球を目指した。途中で12ヵ所も寄り道し、その11つが人類が手付かずの大自然で、グランドキャニオンや瀬戸内海やヨセミテ渓谷、グレ−トバリアリーフ、桂林、ヒマラヤなどをごちゃまぜにして、その規模を数100倍にしたようなのがいくらでもあり、正直言って食傷気味となる。

 その中でも特にわたしのフィーリングに合った面白いものを1つだけ紹介しよう。進路を地球に向けて何日目だったろうか、これもなかなかのものですよと、と秀樹君が言う、名前は忘れたが円形銀河の中心部にある「三つ子のザウルス」という愛称で知られる3重惑星を見に行くことになった。

 2重惑星はよく耳にするが3重は聞いたことがないので、興味を持った。1番大きいのは大きすぎて生命体が乏しいということで、地球をふた周りくらい大きくした2番目の星と、地球より少し小さい火星ほどの星を見ることにした。

 発見者というか確認者は秀樹君で命名権があったため、大きい順にアトム、コバルト、ウランの3兄弟(姉妹)の名を与えたそうである。手塚治虫も28世紀になって、自分の作品の名がついているとはびっくり仰天か。

 で、2番目の惑星コバルトは大きさのわりには重力が小さいせいか、巨大生物が存在し、たとえば水中らしいところに住んでいるくらげ様の生物は直径が優に50メートルを越え、くらげ君が一泳ぎすると、ロードスターがグラッと大きくゆれるほどである。ほとんど無色に近い水色のボデーがこれまた、ほとんど色のないライトグリーンの中をファンファンファンと泳ぐさまは神秘的とさえ言える。 

 深さは軽く1000メートルは越えているであろうに、水底の岩石がはっきり見えるのである。深度が30キロを越えるところで、ようやくほんのり輝くゴールドが混ざった黄緑色を呈するのだ。このくらげにしても、水のような液体にしてもとても地球に住むわれわれが見たこともない色で、それ自体が輝いていて、ほんと明るいのだ。だから30キロの水底でも明るいのであろう。その透明度はもう神の域に達しているようである。 

 魚類は全然いないようであり、まるでくらげの大パレードといったところで、水上から見た光景は何と言えばいいのだろう、水玉模様の巨大な立体大平原とでも言うか、とにかく言葉にならない。ちなみに10キロほど潜水して見たときの驚きは・・・。

 ロードスターの周り全てがゴールドがかった、ほんと何と言うか光輝く透明な黄緑色につつまれて、くらげが天女のように舞い、極楽とはこんな所かと・・・・・。

 頭がボーとしたまま、水上に浮上。2人とも、言葉がない。後日談になるが、わたしの発案でこの場面にはバックミュージックとしてバッハの「パッサカリアとフーガ」がぴったりだろうということで、単なる映像でこのクラゲ君たちが群舞する深海を再体験したのだが、ホント感激物だった。深海からおおきな泡が地上を目指すかのようにゆっくりと立ち昇るかのようなオルガンの音色はまさに神秘的であり、船長も相当、心を打たれたようだった。

 しばらくあって、その湖と言うか、大洋というか、とにかくそこを離れ、地上に着いた。

地上がこれまた、見たことのないものばかり。水際はえんえんと続く砂浜だが、その砂というのが、5ミリほどの均一な砂で、まるで砂金かと見まごうばかりの美しい光沢をもち、色がこれはもう、イロイロな色のオンパレード。色々という言葉はここが発祥(はっしょう)の地ではないかといわんばかりで、宝石関係の人が見たら商売あがったりだと腰を抜かすかも。

 われわれは腰を抜かしてはいられないので、ロードスターを地上走行にして走ったが、砂利の上を走るので、ジャリジャリジャリとうるさいかと思いきや、アスファルトの上を走っているような静けさで実に気持ちがいい。陸地の23キロ奥に鬱蒼(うっそう)とした森のようなところが見えるので、そこに向けてドライブ。

森にしてはやけに明るい色彩で、ほんのりとうすいグリーンが光輝いているので、我々の言う、緑豊かな森林のイメージとは全く違うようだ。遠目にはひょろっとした木々の大群生(ぐんせい)に見えたが、森に近づくと、これはまた何だろう、樹径が30メートル、高さに至っては7〜800メートルはあるのではと思わせる巨大な木々が鬱蒼(うっそう)と茂っており、思わずウッソーと言いたくなる。高さ4〜50メートルほどのしだのようなものが木々の下に繁茂しているが、幸い木と木の間隔が50メートルほどあるので、空中走行するのはらくちんだ。

 その巨大木はてっぺんの方に、しだれ柳よろしく、ゼリー状の透明な葉っぱのようなものがぶらさがっているだけだ。まだ陸上の動物は誕生していないようである。しかし、その大森林というか、植物群のスケールはアマゾンの比ではない。ただ植物の種類は意外と少なく、植物学者ではないので大きなことは言えないが、せいぜい数10種類といったところか。 

 その樹海の間を抜って、ロードスターを走らせた時の気分はなんと言えばいいのだろう。太陽を数倍大きくした恒星からの光がゼリー状の葉っぱに当り、まるで三角プリズムよろしくキラキラ、キラキラと反射し、ダイヤモンド顔負けの輝きのなかを突っ走る感じは夢を見ているとしか・・・・・・。

とにかく夢見心地で、もうひとつの惑星ウランへ転進した。ウランは先ほども言ったように火星ほどの大きさでなんとなく親しみを感じる星だ。秀樹君がここはいいですよと言ったところは、なんと奥入瀬(おいらせ)川に良く似た感じで、その規模を数100倍大きくした風景で、非常にダイナミックではあるが、落ちついたパステルカラーの景色である。

 しかも水が流れて川となるべきところが、惑星コバルトで見た色彩豊かなビーズを一面に敷き詰めたような地面となっており、走って下さいと言わんばかりに、どこまでも光輝く砂地になっているのだ。 

 それっとばかりにロードスターを乗り入れ、タイヤ走行に切りかえる。5〜60キロのゆったりドライブでしばらく走る。うしろに砂塵が舞い上がっているかと思い、振り返って見たが全然舞い上がってないのはコバルト星の時と同じだ。

 両側に巨大な木々(すべて300メートルを越え、これは惑星コバルトに比べるとかなり小さいが種類ははるかに多様である)が連続する中をゆっくりドライブする。なんだか地球では味わえないような甘い香り、山百合と蝋梅(ろうばい)とスミレをミックスした香りというか、気の遠くなりそうな芳香が全身を吹き抜けていく。

 時折聞こえるルルルル、ルルル、という頭の芯までしみ込む、心地よい鳥らしいさえずり、あー、これが極楽に住むといわれる鳥,かりょうびんがの声かと思う。するとここは天国なのだろうか。なんて、うっとりしていると、突然、軽快な音楽が耳に飛び込んできた。秀樹くんがスイッチオンしたらしい。

 わたしの知らない曲が23分ごとに変わっていく。どの曲もなんだかこころがうきうきする、刺激的なものだ。特に気に入ったのが耳に響いたので、「あー、これは何と言う曲ですか。」と聞くと、

 恋はボサノバ』という曲で、イーディ・ゴーメが歌ってますね。これはわたしも気にいっているのですよ、オープン走行にぴったりの曲ですね。」そのほか、バケーション、パイナップルプリンセス、恋のパームスプリング、コーヒー・ルンバ、恋の一番列車、ビキニスタイルのお嬢さん、ネイビー・ブルー、レッツ・ツイスト・アゲイン、リトル・ホンダ、GTOでぶっ飛ばせ、などなど40〜50曲が続々と続き、そのどれもが素晴らしく、これらの曲は全て20世紀の60年代に流行したものだそうである。

 「アメリカン・ポップスといいますが、今に、高橋さんも聞くようになりますよ。」

「へー、これらはほとんどアメリカの曲ですか。この明るさがいいですね。うん、オープンカーにはアメリカン・ポップスがぴったりだね。」

 

ポップスは  ポップコーンじゃ  ないですよ

 

こう言うのも、このまえ食べたポップコーンとアメリカン・ポップスが頭のなかでごちゃまぜになっているからである。

「そろそろ、運転を交代しましょう。」ということで運転を代わってもらう。はじめての運転だが、コーナリングといい、加速といい、今乗っているマツダのバタンコやトラックとはえらい違いで、はじめは林のなかに突っ込みそうになって急ブレーキ。このブレーキの利き具合はどうだ。トラックのカックンブレーキとは雲泥の差だ。しかし、昭和30年ごろのバタンコやトラックと比較して、いい車だとほめられてもロードスター君気分が悪いだろう。

さて、惑星ウランの景色はというと、行けども行けども絵のような風景は絶えることがない。

「わたしが20世紀を専攻した理由の1つは、このアメリアン・ポップスを聞いて、この時代に興味を持ったからなのですよ。」と缶コーヒーを飲みながら、楽しそうにハミングしている。

「ほんと、こころが洗われるドライブですね。地球では味わえないですね。」

「いや、地球にも結構いいところがありますよ。三段峡のドライブもなかなかのものでしたでしょう。」

「そりゃーそうですが、この雄大な風景は別格ですねー。」

こんな調子で時折運転を交代しながら、およそ34時間も走ったろうか。そのかん両サイドの景色は千差万別、その色彩の変化に眼の網膜がついていけるのか、不安になったほどである。

途中、赤っぽく透明に澄んだ小さな池のようなところで、缶ビールに広島のお好み焼きというランチタイムをとった。言うまでもないが、鉄板から材料までロードスターのダッシュボードのスイッチひとつで、簡単に出てくるのには引田天功も弟子入りせざるをえないだろうね。

缶ビールを3本あけ、(秀樹君は78本も飲んだので、またくだをまかねばと心配したね)お好み焼きをたらふく食ってふかふかした芝生みたいな所に寝転がり、タチションも味わいながら、もうこれ以上の幸せはないのではないかとふと思った。 

1時間も寝ていたろうか、ボアーボアーボアーというなんだかふくろうに似た声に目を覚ました。まだグーグー気持ちよさそうに寝ている秀樹君を起こし、帰路についた。帰りは別の川の砂利道をホロ酔い気分で空中走行を交え、ドライブ。

かなりのスピードで走ったが、広島県警もいくらネズミとりが好きだからといっても、まさかこんなところでネズミとりはやっていないだろう。

それにしても、この宇宙旅行は何度も極楽浄土ではないかと思われる世界に遭遇しているが、まさかここらあたりが阿弥陀様が住むと言う西方(せいほう)浄土なのかも知れないね。この日はわが生涯最良の日なのかも知れないなー、なんだかそんな気がした。