3)アンドロメダの地球

 

「じゃ、まず私の家族を紹介したいので、アンドロメダ銀河まで行きましょう。7時間もかかりますが少し我慢してくださいね。」

 「ちょっと、ちょっと、オープンのままでいいのですか。」

 「もちろんです。ではGo ahead(すすめ)  ! 」と言いながら、左下にあるレバーを引き、ダッシュボード上の数字というより、なんだかわからない文字をトントントンと3回ほど押したとたんに、グ、グーと地上が視界から遠ざかり、あっというまに地球は点となり、太陽が瞬間的に左サイド全面に迫ったかと思うと、すぐさま点になり、やがてなにも見えない単なる暗黒の空間になってしまった。しかし、目が慣れてくると暗黒の世界は銀粉をちりばめたような世界になり、さらに、振り返ってみると渦を巻いた星くずが背後に全面に広がり、まるで太平洋全体にダイヤモンドをぶちまけた感じで、なんと表現して良いか言葉を失う。そうこうしていると、背後の渦巻きも無限に広がっていたものが、じわじわとちぢこまっていき、5分くらいしただろうか、銀河全体が視野に入ってきた。

 「これがいわゆるわれわれの天の川銀河ですか。」

 「そうです。見事なものでしょう。いま、ようやく銀河を抜けましたね。」

 「はやー、本当にこんな服装でも大丈夫なんですね。あー、そうそう、写真を撮っておかなければ・・・・・。」とキャノンのファインダーをのぞこうとするが、なにしろ後向きなのでやりにくいことこの上ない。

 「そうそう7時間もこんな姿勢ではいけませんね。失礼しました。」いま気づいたのだが、ダッシュボードのものが全て変わっており、チンプンカンプンの計器がズラリと並んでいる。パネルの一部に触れると、ロードスターのボデーがじわじわ大きくなり、背後にテーブルとソファーがふたつと更にその上、ベッドまで出てきた。

 「あ、ベッドはいりませんね、」と言いながら、またパネルに触れるとベッドはスーと消え、テーブルとソファーだけになった。

 「じゃ、隣に移ってコーヒータイムにしましょうか。」というので、フロントのシートをまたいで2人ともうしろのソファーにおさまった。まだ庄原を出発して10分くらいしかたっていないので別段疲れてもいないが、銀河を鑑賞するにはデスク付きのほうがいい。

で、秀樹君の出すブルックボンドの紅茶と、わたしが持参したボンタンアメをつまみに話に花が咲いた。紅茶は初めてだが、なかなかいけるいい香りだ。

 「ほう、これは面白い味ですね。なんですかこれは。」と秀樹君。

 「ボンタンアメといって、たしか手塚の鉄腕アトムにも出てくる、有名なあめですよ。」

 「おいしいのでデーターにとっておきましょう。」と言って、ボンタンアメをひとつとって、フロントのパネルに手を伸ばし、ポンポンとなにやら操作していたが、容器らしいものが飛び出てきた。それにポンとあめを入れると容器はスッとパネルの中に消えていった。

 「さあ、これでいつでも、いくらでもボンタンアメが食べれますよ。」

 「本当ですか、ではひとつ出してみてください。」

 「O.K。ひとつじゃ面白くないので10個ほど出しましょう。」と言い、また、パネルを操作していたが、すぐにギアチェンジ前のボックスに、ボンタンアメがばらばらと出てきたのにはいささかびっくり。

 「何でも出そうですね。」

 「そう、なんでも。いま飲んでいる紅茶もそうですよ。」

 「そのあめをひとつください。」といって、食べてみたが、そっくりそのまま、表面にある、薄いゼラチン紙まで同じなのだ。味わってみたが、味もそっくりそのままであるが、何かちょっと違うのだ。

 「うん、おいしいけど、なんか・・・・・・、違うね。どこがどう違うとはいえないけど。」

 「わかりましたか。ほとんどの人は気がつかないのですがね。確かに何か違うのですよ。データー上は全て同じ物で作ったのですがね。人の味覚というものはメカ的に解明できない何かがあるのでしょう。」

 「ところで、ずっと気になっていたのですが、このロードスターのエネルギーのもとは何なのですかね」

 「う〜ん、そうですね、実を言うとこの車だけでなくわれわれの母船でもそうですが、38世紀の人類にもこのエネルギーは完全には理解されていないのです。簡単にいうと、星というか、銀河というかそれらの重力を利用しています。たとえば、このロードスターは時速12万パーセク出せますが、これは前方にある銀河や銀河団の重力波をフロントについている集合機でキャッチしてその力に引っ張られて飛行しているのです。ただ、人類はこの集合機の理論はまだ解明しておらず、これから行くシルバーボールにあった設計図どおりに作っただけなのです。」

 「重力波ですか・・・・・。」

 「ただ、そんなに簡単なことではなく、その重力波を無限大に拡大というか、濃縮できる装置を組み込んでいるため、どのような速度でも可能なわけです。」

 そんなことを話している間にも、眼前の銀河がしだいに小さくなり、やがて両手でつかめる位の大きさになった。それにつれて明るさも急速になくなり、うすぼんやりというありさま。形も渦巻きではなく円に近い。秀樹君によると、ほとんどの銀河は肉眼では中心部くらいしか見えないので円形が多いそうである。

 

ぼうぜんと  ボンタンアメ食べ  銀河見る

 

 なんて考えていると、

 「あれ、写真を撮るのでは・・・・・。」

 「しまった。また、忘れていましたね・・・・・。しかしこの暗さではとても無理ですね。」とファインダーをのぞいたが、ほとんど何も見えない。

 「感度が100ですからね。あきらめましょう。」とキャノンを首からはずした。暗黒の空をグルッと見渡すとポツンポツンと星らしきものが見える。しかしとても暗い。せいぜい3等星くらいか。しかもどれもこれもボンヤリとしか見えない。

 「まあ、うしろを見てください。」と言うので、ふり返ると、なんとラグビーボール大くらいのボンヤリした、比較的明るい物体が目に入った。

 「もしかしてあれがアンドロメダ・・・・・。」

 「そうです、あと5時間くらいかかりますが。」

 「それにしてもまわりにあるボヤーとした星々は・・・・・。」

 「あー、あれは星ではなくほとんどが銀河ですよ。一つ一つの星のように見えますが、この光の無限倍ともいえる速度では星はほとんど見えません。前後にところどころポツンポツンと見えるのが星ですが・・・・・。」

 「それにしても宇宙というのは暗くさびしいですねー。この車は明るいけど、どこからライトがあたっているのですかね。」

 「車の周囲50キロくらいは明るくなるようになってますが、これを切りますと・・・・・・。」と手元にある手帳のようなものを開いてポンと押すとスーと光が消え、あたりはほとんど真っ暗になり、ロードスターの計器類だけが明るいグリーンに輝いているだけになった。

 「ひゃー、これは恐ろしい。何にも見えないですねー。」

 「目が慣れてくれば、銀河は見えてきますよ。」言われるとおり10分位真っ暗闇の中にいると、ポツリポツリと銀河が見えてきた。天の川銀河もしだいに見えてきたが大きさは10〜20分前とあまり変わらない。これくらいの距離になると、さすがの時速12万パーセクも。スピード感がなくなるようだ。

 「さーて、あと10分ほどでレスト・ステーションに着くので、前の席にもどりましょうか。」と2人が前の席にもどって、車をもとの大きさにすると、また、ツーシーターのロードスターだ。

 急速に減速をかけていくと、しだいに前方になんだか人工的で平らな物体が見えてきた。近づくにつれそれはペンダントくらいであったが、やがてドラヤキの大きさになり、そしてインド料理のナンのような大きさになった。

 それくらいに接近すると、多くの建造物らしいものを森林が取りまいている様子が見えてくる。なにかキラキラ光っているのは湖らしい。そういえば、太陽を少し小さくしたような恒星がはるか遠方に照り返している。

 このように例外的ではあるが、銀河に属さない孤独な恒星もあるのだそうである。恒星があれば当然、惑星もありそうであるが、適当な惑星がなかったので、宇宙空間に無限に存在するダークマター(暗黒物質)を改良し、恒星のエネルギーを利用して、地球とほぼ同じ条件のエリアを作っているそうだ。重力と大氣も人工的に発生させている。

 近づくにつれ、高層ビルが10棟、中小さまざまなビルが100棟ほどありそのまわりを3000ほどの小住宅が広がっている。山あり、湖あり、森林や田畑らしいものも見える。大気圏内に入ると、空がしだいに青くなって、まるで人口23万人の小都市という感じ。上空にはなんだかバスのような飛行物体が5台ほど飛んでいる。

 「さあー、あそこがよく利用する休憩所です。あそこは珍しく日本語が通じるところですよ。」ゆっくり旋回しながら、レストラン風の一軒家に着陸。道行く人もさすがに見なれないのか、ロードスターを物珍しそうに見ている。 駐車場には78台の車・・・・・、そういえばタイヤがないぞ、あれ、ホイールそのものがないね。道行く車はよく宇宙映画にでてくるものにそっくり。つまり形は自動車に似ているが車輪がなく、地上50センチくらいのところを浮いて走っているのだ。

 それさえ別にすれば、路上の人も街の様子もあまり違和感がない。特に街路樹にいたっては、われわれの都会そっくり。

 「はやー、あまり地球とかわりませんね。」

 「わざわざ地球をお手本にして都市や森を作っているのですよ。やはり、それが一番落ち着くのでしょうね。さあ、入りましょう。」

 自動ドアを入ると勝手に席に着く。デスクに現れる、さまざまな料理のうち、気に入ったのを見つけ、ボタンを押していく。私はせっかくの宇宙旅行なので、見たことのない料理ばかりを5品ほどと、飲み物はアンドロメダ・テキーラとコーラ・ド・アンドロメダを頼んでみた。メニューにも日本語表示があった。

 「こりゃー、勘定はどうなっているんですか。」

 「なんでもただです。」

 「ただというと無料ですか。」

 「そう、なにも払わなくていいです。」

 「あとから勘定書きがくるのでは・・・・・。」

 「いえ、全く心配いりません。」

 どうも私には食事が無料というのがよくわからないので、いろいろ聞いてみると、地球やそれに相当する惑星、たとえば、今から訪問する、秀樹君一家が住むアンドロメダの地球と言われているアンドロ・アースなどは、あらゆるものに金銭がからむが、それ以外の星に住む人は不便だろうということで、衣食住を始め、なんでも全て無料である。

 どちらにしてもひとりの人を1000を越えるロボットが支えているので、人間は貧乏と全く無縁なのだそうである。このオアシスも人口約20万人、そのうち人間は2000人ほどしかいない。面積は800平方キロほどだから、比較的ゆったりしている。

 だから正確には人口2000人、ロボット20万体というべきかも。ほどなく、モンローばりのとびきりの金髪美人のウエートレスが両手に2人分の料理を一度に運んできたのにはびっくり。この腕力はやはりロボットなのだろうか。

 「いらっしゃいませ。お待ちどうさま。」というが早いか、目の前にドスンと料理を置く。なんと、とても一人では食べきれない量にもびっくりしたが、その料理の内容ときたら・・・・・。話が長くなるのでその詳細ははぶくが、このあとアンドロメダに行く途中、その料理のおかげで、3度も例の宇宙オムツのお世話になったのは、なんともバツが悪かった。

 服を着たままウンチをするというのは、あまり気持ちのいいものではないが、音はしないし、臭いはないし、すぐ温水洗浄、乾燥するので気持ちの悪いのはほんの一瞬である。いや、むしろ病みつきになる人がいるかも。で、秀樹君から宇宙服をそのまま借りてしまった。上着ははでなロードスター・ブルー、ズボンはしぶい抹茶グリーンにしてもらった。もちろん、上下継ぎ目なしである。

 さて、2人が食べ始めたころ、向こう隣りで食事をしていた人が、おやっという風にわれわれに近づいて来た。なにやら2人で話していたがチンプンカンプン。

 「失礼、失礼、高橋さんにはわれわれの言葉がわからないですよね。このトランスレーターを着けてください。」と耳栓のようなものを渡してくれた。同時通訳機だそうだ。装着したとたんに流ちょうな日本語が聞こえてきた。

 私が話すと、私の日本語が聞こえず、チンプンカンプンの言葉をわたしが発声している。なるほど、こりゃー便利だ。そこでお互いの紹介があった。秀樹君が話している相手はアンドロ・アース(通称はトリトン)の近所に住んでいる人で、家族付き合いをしているエッカーマンという人だ。

 どこかで聞いたことがある名だと思って考えてみたら、「ゲーテとの対話」という名著を書いた人の名だ。すると彼はドイツ系か。彼は1人で食事をしていたが、その料理をこちらに運んで、われわれと一緒の食事となった。

 エッカーマン君はカイゼル(ひげ)をはやしているがドイツ人らしくなく、陽気なアメリカ人といった感じのほがらかな人だ。年令は若く30前後か。というとこの人も100才を越しているのかも。

 「ところで、じゃがいものできはどうでした。」

 「まーまー順調であのぶんだと当分あるでしょう。お宅にも少し届けておきましたよ。」とエッカーマン君どす黒いドリンクを飲みながら言う。 

 「わたしのところもキャベツや大根やカラカラなんかのできがいいようですので、お届けしましょう。」とそばで聞いているとカラカラは別として、庄原の農家の話とあまり変わらない。

 「そうですか日本の方ですか・・・・・。」と不思議そうに見る。どうも私のジャンバーにズックのいでたちが珍しいようだ。すると秀樹君少しあわてて、「いやー、高橋さんは古代の服装の研究者でして、自分でいろいろ実際に作って着ておられるのですよ・・・・・。」

 「服飾デザイナーですか、そうですか。昔はこんな服装だったのですね。なかなかラフな感じでいいじゃないですか。グッド、グッド。」

 「えー、まー、これは約2000年くらい昔の普段着で、生地も当時のものを使用していますよ。」といささか戸惑ったが適当に口をにごした。

 「エッカーマンといえば、18世紀に『ゲーテとの対話』という非常に有名な本を書いた人ですが、あなたはその子孫かもしれませんね。」と話題を転じた。

 「18世紀ですか。う〜ん、ゲーテとの何ですって。」

 「いや、まあ、いまから2000年ほど昔の話ですからね。」

 「たしかに、わたしの先祖はドイツだとは聞いていますが、それもごく一部で、ヨーロッパのあらゆる血がまじって、もうルーツをたずねることは不可能ですね。」とエッカーマン君、黒いドリンクを飲み干し、もう一杯注文する。

 「そうですね。わたしの先祖も一応日本ということになっていますが、どうも4分の3くらいはヨーロッパや中国の血が混じっていますので、はっきり言ってよくわからないというのが本当でしょう」と秀樹君、頭がザリガニで胴体はウナギのようなもののからあげをナイフでズタズタに切り、フォークで口に放り込んでいる。そういえばエッカーマン君の料理はわたしの3倍はあろうかという量である。

 「みなさん、こんなにたくさん食べて胃のほうは大丈夫なのですか。」と人ごとながら心配する。

 「えー、いくら食べても平気ですよ。あとでこの錠剤を飲めば、全て消化、吸収されて、不用なものは体外に出ますからね。」と秀樹君はザリガニ様のハサミを口から引っ張り出しながら言う。どうも2人とも上品な食べ方ではないが、いくら食べてもタダでしかも腹も痛くならないというのを聞いたら、古代ローマの貴族どもは泣いて喜ぶであろう。

 さて、さて、食事はいいかげんにして切り上げ、エッカーマン君とも別れ、ロードスターに乗車。一路アンドロメダへ直行。

 途中、秀樹君の話では33世紀に日本の銀河物理学の桜井純一助教授が、「宇宙空間における日本猿の知能変化について」という実験物理学の研究中に、なにを誤ったか、突然猿君があばれだし、実験器具を滅茶苦茶にしてしまい、5人の研究員が猿君を取り押さえたときには、実験棟もろとも20億光年かなたのシルバーボールの中に入りこんでしまったということであった。

これに一番びっくりしたのはシルバーボールを管理していたロボット達だったが、まさかモンキー君に実験器具の破壊順序を聞くわけにもいかず、すべては(やみ)に包まれたのである。 

桜井助教授以下6人の研究員と天才モンキー君はシルバーボールで8年間、さまざまな分野の研究をし地球に帰らせてもらったのが、人類が一大飛躍をする出発点となったのだそうだ。秀樹君に言わせれば、

「人類がそれまで苦労して火星や木星に到達したのは、まるでままごとに等しいね。」というわけだ。

 「さあ、あと4時間ほどで着きますが、おなかもいっぱいだし、3時間ほど昼寝しましょうか。」

 「賛成ですね。あと4時間暗闇の中というのもね。それにしても私がデザイナーとは・・・・・。何か私がいるとまずいことでもあるのですか。」

 「そうですね。タイムトラベルすることは別に違法ではないのですが、現地の人を連れ回すのは禁止されているのですよ。」ということで寝台に入る前に例の宇宙服に着がえた。

 「ところで話は変わりますが、寝る前にバッハの音楽を聞かせてもらえませんか。」

 「バッハといいますと。」

 「17世紀のバロック音楽の非常に有名な作曲家なのですが・・・・・。」

 「あー、あのベートーベンより以前に存在した作曲家ですね。どんな曲がいいですか?」

 「そうですね、こういうムードにはオルガン協奏曲なんかがピッタリの気がしますね。えーと、とりあえず593番をやってみてください。」

 「バッハの593番?」

 「えー、ビバルディーからの編曲ですがね。」

 「えーと、バッハの593ですね。わたしは聞いたことがないのですが・・・・・。」

とダッシュボードの水晶球様のものを操作。

 「んーとですね、ありました、ありました、あなたの20世紀の演奏ではアラン、マレー、リュプサム、リヒター等がありますが・・・・・。」

 「わたしのレコードはリヒターだったと思うのですが、短い曲なのでいろいろなオルガン奏者のを聞かせてもらえますか。」

 という訳で、とりあえず593番の連続演奏ということになったが、これがまた宇宙旅行には最高ではなかろうかと思えるほどの感動物だった。

 秀樹君と一緒にロードスターのソファーに深々と包み込まれ漆黒(しっこく)の宇宙に浮かび、ゆっくりと迫り来る光輝くアンドロメダを見ながら、酔い覚ましの冷たい緑茶を飲み、マレー(かな)でる593番を聞く経験は、体験した者でないとわからない感動であろう。

(さと)りを得た人は悟りがどのようなものか他人に言葉で伝えることは出来ないと言われるが、まさにこのアンドロメダ銀河から発せられているようなバッハを聞いたときの感動を言葉で伝えることは不可能である。

これには秀樹君も心をおおいに動かされたのか、

「わたしはベートーベン、モーツアルト、ショパンなどはよく聞きますが、バッハはせいぜいブランデンブルグぐらいでした。バッハはこのようなすごい曲も残しているのですね。あなたに出会って本当に良かったと思いますよ。」と酔いもあってか、えらくわたしを(かつ)ぎ上げてくれた。

いろんな奏者の593ばかりを聞いているうちに、2人ともいつしか眠りについていた。ロードスターのミユージックは脳波に応じるのか、いつのまにか音が小さくなっていったようだ。

 

おねむには  アンドロメダの  バッハかな

 

 リン、リン、リンという心地よい音で目を覚ますと、秀樹君は既に運転席に座っていた。眼前にはとてつもなく巨大な星の集団が展開されていた。アンドロメダだ。なんという神秘的な光景であろう。天の川銀河より明るい気がする。特に中心部はダイヤや、ルビーや、エメラルドというあらゆる宝石が、途方もなく巨大で、光り輝く池にぶちまかれた感じで、きらめく星々の集団となり、言語に絶するとはこのことか。

 また、渦巻き状になってちらばった星々の輝きといったら、息を()むしかない。何度も言うようだが、わたしの筆力の及ぶところではないし、どんな天才といえどもこの情景を伝えることは不可能であろう。

 「神は存在する」と直感した。理屈ではなくそう感じたのだ。確か天の川をあとにしたときは、個々の星は見えなかったのに、変だなと思っていると、「目が覚めましたか。今、速度を光速以下にしていますので、星がよく見えるでしょう。前に来てください。」と秀樹君は私がのこのこ起きだしてきたので、サービスで速度を落としてくれたのだった。

 わたしのまずしい文章力では表現できない超巨大な銀河風景をしばらく味わってから、また速度を早めたのでぼんやりとした風景になり、中心部は急速に大きくなりながら、右に移動した。

 「トリトンは中心からすこし離れてますからね。あと10分くらいで到着します。」

しばらくして、どんどん減速したので周りの星々がまたはっきりと見え始めた。前方に地球によく似た惑星が見え出したが、さらに近づくとトリトンは暗い緑色でおおわれており、海らしい青色部分が3分の1くらいしかない地味な色の星だ。

 地球が青い宝石なら、トリトンは緑の宝石というべきだろう。じつに神秘的な緑色だ。ところどころに雲が発生しているせいか、白い膜で緑がかすんでいる。大気圏に入り、ターミナルらしいところに到着。すべてノーチェックだ。というより自動でチェックしているらしい。

 「さあ、ここから自宅まで50キロですから飛ばしましょう。」というとタイヤ走行に切りかえ、一気に150キロで走り始め、カーブではタイヤをきしませながらの乱暴な走行となった。

 「やっぱり、スポーツカーはこうでなくちゃ。」とたいへんうれしそう。周りの乗り物は全て浮遊走行しているので、いつの時代にもスキものはいるもんである。あとからわたしも運転させてもらおっと。

 さて、かなり広い邸宅群を通過して、豪華な屋敷の前で止まった。まさに邸宅の名にふさわしい。小公子のフォントロイ卿のお城とまではいかないが、まさに建坪は1000坪は越しているのでは。敷地に至っては東城高校の10倍以上はあるだろう。つまり10万坪は優に越えている。

 周りを見るとみんなそんな感じである。敷地内に大きな池やプール、畑や小さな林まであり、人工的につくったらしい小山まである。

「なんと日本では村長クラスでもこうはいかないなー。」と思いながら玄関に向かう。音もなくドアが開くと、ひろい玄関にとびきり美人の娘さんと3才くらいの坊やがにっこり笑って待っていた。ダントツの美人はなんと娘さんではなく奥さんだった。

 「あなた、お帰りなさい。お疲れでしょう。」と細君。坊やはお父さんに飛びついた。お互いの紹介があって、靴をぬぎ、スリッパ様のものにはきかえて奥に入った。3つか4つ部屋を通り過ぎ100畳はあろうかと思われる広い居間に案内された。装飾品はあまりなく、質素な感じ。

外を見れば見事な日本庭園があり、まわりは築山(つきやま)や林で囲まれている。庭園も京都二条城のような、単に豪華なだけで趣味の悪いものでなく、多くの寺院に見られる、わび、さびの効いた質素だが味のある庭である。

林の向こうでは1万坪ほどの果樹園と、1000坪ほどの野菜畑があり、世話はすべてロボットがやるそうで、ときおりレクリエーションを兼ねて自分たちで手入れをするそうである。要するに、主食以外は自給自足なのだ。

そうそう、この界隈(かいわい)では秀樹君のところだけだそうだが、にわとりが30羽ほどおり、近所の人にも時々卵を分けている。ワンちゃん、ネコちゃん、ウサちゃんもおり、まるでわれわれの生活そっくりである。

庭でとれたという自家製の果物、柿、みかん、りんご、それに見たこともないキロキロといういちじくに似た果物、トレトレというぶどうに似た果物などを山盛にして奥さんが持ってきた。

「あと2〜3時間もすれば夕食になりますので、適当にご賞味ください。」と奥さんがにっこりしながら言う。思わずクラクラとなるような気立てのよい女性である。しかし彼女も100才を越えているそうなので、なにおかいわんやだ。200才くらいまでは子供を生めるそうであるが、生涯に平均2〜3人しか生まないということだった。

「こんな立派な環境なのに、秀樹君はなぜ庄原のような貧乏臭いところがいいのですか。」

「あらあらまた庄原に行って来ましたの。わたしは行ったことはありませんが、よく主人がお話するのですよ。」と奥さん。

そうそう奥さんの名はマルガリータ寿子(としこ)といい、正式には倉本・レオンハルト・マルガリータ・寿子というややこしいことになっている。もちろん混血でフランス人にしろ日本人にしろ、地球以外では純粋な人はほとんどいない。

「どうしてと言われても・・・・・、う〜ん、何かが違うのですよねえ・・・・・。もちろん、この自宅は休息にはもってこいですが、庄原のあの空気感というか、土のにおいというか説明できない何かがあるのですよ。」と秀樹君。

わたしはリュックからゴールデンバットを取り出し「すみませんが、灰皿はありますか。」とたずねたが全く通じない。それはそうだろうこの惑星ではタバコなんてないのだから。とにかく不用の皿を持ってきてもらった。

一服やり始めると一番喜んだのは3才の坊やである。はじめはもうもうと出る煙をポカンと口を開けて見ていたが、「おじちゃん、それなーに。」と寄ってきた。「ふー。」と紫煙を吹きかけるとゴホゴホとやると思いきや、思いっきり息を吸い、「わーい、いいにおい。」と喜んでいる。ついでにボンタンアメを5〜6個あげると、わたしのそばを離れなくなってしまった。奥さんも珍しがって「おいしいわ。」と気に入った様子。

「こんなに喜ばれるのなら、箱を渡しますので箱入りのものを作って、近所にもあげてみてください。」

「ぜひそうさせてください。」と奥さんはボンタンアメを隣の部屋に持っていったかた思うと、しばらくして10箱ほどのアメを持ってきた。「ボク、これをあげるよ。」と坊やに渡すと、「じゃーん、やったー、おじさんありがとう。」と言って、3〜4箱持ってすっ飛んで外へ出て行った。後で聞くと、近所の子供に分けたせいで、だんだんと広まり、ボンタンアメがその町の名物になりつつあるというから、アメもバカにならないね。

聞けばこの地方では四季はなく春と秋のみで、1日は28時間と地球より長く、日照時間は14時間、重力は地球とほぼ同じということなので、高度生命体が生存するには一定の条件がいるのかも。このトリトンはまだ植民地にすぎないがね。夕食をご馳走になり、風呂に入り、しばらく散歩したが、話が長くなるのでこのくらいにしておこう。

よき妻は  アンドロメダにも  いるもんだ