(2)  江戸時代の三段峡

 

 さてさて庄原の宮内(みやうち)あたりを、45度の角度で100メートルほど急上昇して、車は平行になり、音もなく三段峡を目ざした。100メートル上空から見る町や村の様子はとても新鮮なものに見えた。あっちこっち見とれてキャノンの出番もなかったほどである。

 そういえば、秀樹君と会ってからというもの1枚も写していない。村の人々もちょんまげ姿で、もちろんすべて和服。家々はほとんどすべてといっていいほど、かやぶき屋根でなんとも言えないなつかしさがこみあげてくる風景が続いた。

 野良仕事をしている人々は現在とあまりかわらない感じで、特に女性たちは、ほおかむりして仕事をしているので、遠目には、この風景は現在の昭和30年の風景ですといわれても納得できる感じだ。

 空飛ぶロードスターに気づいた人は何が起こったかわからない顔でポカンとしているし、78人でワーワー遊びまわっていたこわっぱどもは、「ありゃーなんだ。」と大声でこちらを指差していたが、アハーというような顔をして、静まりかえった。 

 とんびやカラスまでが時折接近してくるが、なにしろ時速100キロで走っているのでとてもこちらへ近づけない。

 「江戸時代か・・・・・。100年前のくらしもなかなかのものですね。」と秀樹君が言う。「いやいや、見た目には平和でも、生活は苦しかったと思いますよ。そら、あの子の服なんかは粗末なもんですよ。」粗末なもんといわれた、山下清を5才くらいにしたようなはなたれ小僧が、あ然として我々を見ていた。

 「なにしろ医学が発達していなかったので、子供の4割ほどは10才にならないうちに亡くなっていたようですからね。あ、あれが多分三段峡の入口でしょう。」と私が指差す1キロほど先に人家が23軒見えてきた。

 その周囲23キロ四方に人家はほとんど見当たらない。あちらにポツンこちらにポツンといった感じで、鉄道まである現在とは様子がまるで違う。

 「ちょっと待ってくださいよ。」とヒデキ君がダッシュボードのスイッチに触れると、こんどは車が平行状態のままで、スーと上空に向かって、おそらく56キロほど上昇したと思うが、そこで停止した。

 「ひゃー、すごいですね。」と感嘆あるのみ。そのままの状態でゆっくりと360度旋回したので、江戸末期の広島のみならず、中国地方のほとんど、日本海、瀬戸内海、はては遠く四国までもが一望でき、絶景とはこのことを言うのかと言葉にならなかった。空気は驚くほど澄みきっているしなんだかおいしい味がする。

 「もののついでですから、富士山も見てみましょうか。」と言いながら、車を関東方面に向け、なにやらダッシュボード上にある、小さな水晶球のようなものをいじっていたら、フロントガラス上にジワジワと富士山が広がり、10秒もしないうちにフロントガラス一面に雪をいただいた富士山が写ったのである。

 「富士は日本一の山といいますが、いろいろ世界の山々、いや大宇宙の山々を見てきた私にはこの世に存在する最も美しい山と言いたいですねえ。なんでしたら、今、頂上に行ってみますか。」とまたまたとんでもないことをいうので、

「いや、それはまたの機会にしましょう。それよりもここの高さは何メートルですか、全然息苦しくないのですが。」

 「えーとですね。5900メートルですね。このロードスターは月に着陸しても、全く呼吸は普通のままでいいのですよ。ほら、ここのボタンをオンにすると、車から10キロ以内なら地上のままの大気が保たれますよ。」もう何もかも・お・ま・か・せ・という気になる。

 「さあー、富士山はこれ位にして、あの比較的大きな流れから奥の方に進んでみましょうか。」と言うが早いか、車は今度は45度の角度で支流に急接近して、小さな川の真ん中で止まった。

 サラサラ、サラサラと心地よいせせらぎが耳にひびく。水は水は、わあー、ヤッホー、期待以上の澄みきった神秘的な青さである。両側には道らしい道がないところをみると、まだ誰もこの川を上って行った者はいないのだろうか。

 「水面30センチくらいでいいですかね。速度は時速5キロに自動設定しましょう。2時間もあれば、充分峡谷全てが見れるでしょう。」

 「ちょっと心配になったんですが、庄原を2時頃出たんですよね。夕刻には帰れるんでしょうかね。」と質問。

 「過去や未来に行っている間は時間はほとんど止まっているので、2時過ぎには帰れますから心配いりませんよ。」

 「はー、未来にも行けるんですか。」

 「もちろん、なんだったらあなたのお墓にご案内してもいいですよ。」とウインクするので、「いあや、それは死んでもいやですね。自分の死亡日がわかるなんてゾッとしますからね。冗談がきついですね。」

 「別に冗談で言ってるわけではないのですが、そうですか、やはり自分の墓を見るのはいやですか。」

 「なんだか怪奇めいてきましたね。」

 「安心して下さい。あなたは100才以上生きますよ。もちろん、未来は変わることがありますが、無茶をしないかぎり、100・・・・・。」とここでまたまた意地悪く目をパチパチする。私が何か言おうとすると、

「ウン才までは元気に生存できますね。」と言葉をにごした。秀樹君、結構人が悪い。

 「男女とも、せいぜい寿命は60才位なのに私が100才以上ね。ま、私の寿命はそれ位にして、さあ、出発しましょう。」となんだかんだで寿命を知らされてはかなわないので、出発をせかした。

 「はーい、了解、了解、船長、出発進行!」とふざけながら、秀樹君ボタンを押す。ロードスターは水面30センチくらいのところを音もなくスルスルと滑り出した。

 始めの10分くらいは岩の多い小川と言う感じであったが、奥に進むにつれて2年前に見たすばらしい景色が眼前に広がった。しかもうすよごれた水ではなく、限りなく澄みきった水なのだ。私が夢にまで見た、人の手が加えられてない峡谷なのだ。

 それは今まで見たこともない、不思議な風景であった。川の真ん中を音もなく走るロードスターに乗って、両岸の途切れることのない奇岩、美岩をゆっくり、じっくりと鑑賞できたのだから。

 2人とも、しばらくはあっちをキョロキョロ、こっちをキョロキョロ、あるいは川の中をのぞいてはため息。また目を上に向けるとブナ林の落葉樹が、まだ日の高い光をあびて、赤く輝き、黄金に輝き、シンとした静けさの中に、川のせせらぎと木々と秋風のハーモニー、時折聞こえるさまざまな鳥の鳴き声、まるで極楽浄土とはこのような世界ではないかと思わせる。

 大きなイワナか、ポーンと水面をはねたジャポンという音が大きく聞こえるくらいの沈黙の世界であった。

 

しずかさや 岩にしみいる イワナかな

 

な〜んちゃって。

およそ30分だろうか1時間だろうか2人ともほとんど会話することもなく、その美しさ、静けさに酔いしれたのだ。

しばらくすると、川は二つに分かれたところに出たので、とりあえず三段の滝をめざして右に旋回。しだいにせせらぎの音が大きくなり、滝の音に変わっていく。ほどなく、100年後には有名になり、多くの人が押しかける三段の滝に出た。

広い滝壷があり、にわかに水音がさわがしくなった。なんと水深は10メートル以上はあろうかと思われるが、日が高く、明るかったせいか、水底の小石までくっきり見える。多くのイワナや、名も知らぬ魚も群れている。人の手が入らないところというのはかくも美しいものなのか。やがて、ロードスターはオープンのままでゆっくりと沈んで行き水中に没したのだ。

や、や、や、やばいぞと思ったが、その光景は頭の上を滝壷の泡が踊っている、なんとも形容しがたものだった。もちろん、水滴ひとつ、われわれにかかってはこない。

滝壷の中心は泡でほとんど何も見えなかったが、突然、その泡がピタッと静止して、滝の音も全く聞こえなくなった。また、秀樹君が何か細工したのだろうが、この景色は私の文章力ではどう表現してよいのかわからない。

水中での三段の滝を充分堪能して、ほどなく、われわれは三段の滝から更に上流をめざして、少しスピードアップしながら進んだ。

このあたりから、ゴールデンバットを吸う余裕が出てきた。三段の滝から上は私には未知の世界である。上流にもなかなか見るべき滝や樹林があり、67キロも進んだだろうか、そろそろ日も傾いてきたので、現在ダムとなっているあたりで反転宙返りのサービスをして、急いで先ほどの分岐点にもどり、猿渡(さるわたり)を通って二段の滝に向かった。

途中の景観はまるで絵の世界であり、夕陽はあかね色に変わり、まわりの樹木の黄葉と紅葉は一層鮮明さを増していた。ドードーと豪快な音をたてて流れる二段の滝の木々の色合いは、およそ直径60〜70メートルはある滝つぼの水面にまるで万華鏡のようにきらきらと照り返している。

まさに桃源郷とはこのことを言うのかも・・・・・。 

あまりの自然の妙、神々しさに思わずなんだか涙がひとすじ(ほお)をつたう。手にしていた缶コーヒーを落としそうになる。どうやら寒さが出てきたようだ。い、いまの涙はなんのことはない寒さの成せるわざだったのに違いない。

 「さあ、そろそろ帰りましょうか。」との声にはハッと我にかえり、

「いやー、言葉がありませんねー。人の手が入らないところというのは、このように素晴らしいのですかね。」と生ぬるくなった缶コーヒーを一気に飲みほした。

「陽も沈みそうだし、それにしても幻想的ともいえる風景ですね。本当に来て良かった。私にも一生の思い出になります。では、三段峡ともサヨナラしましょう。」

「秀樹君、その前にちょっと、冷えたせいか生理現象が・・・・。」

「生理現象?ああ水分の体外放出ね。じゃ、その山中に止めましょう。」といいながら二段の滝の上に車をスーと移動させて木々の間に着地。

「私も一緒にタチションしましょう。」と2人で樹木に栄養分を与えたのである。栄養を与えながら、

「宇宙服は着たままでもタチションができるんですか。」

「ええ、水分放出はもちろん、固形分も放出出来ますよ。」 

「え、固、固形・・・分もですか。」

「まあ、自動オシメみたいなもので、車を運転しながら放出,洗浄、乾燥が気持ちよくできますよね。まあ、こうして脱いでするほうがやはり気持ちはいいですがね。」

「自動オシメね。なんだかいやなイメージ・・・・・。」と思わずつぶやいた。さて、樹木にアンモニア性の有機肥料をたっぷりやって、さっぱりしたので、小川で手を洗い乗車。帰りを急ぐことにした。

「きょうの夕焼けは特別に素晴らしいので、少し味わいながら帰りましょうか。」とまたまた200メートルほど急上昇。刻々と変わる夕陽のへんげを堪能しながら庄原に向かった。帰る途中いろいろ話が出て、結局、この想像もできない宇宙の一部を見学させてもらうことになった。2日もあれば充分タイムトラベルできるそうなので、こんなチャンスはないと思い参加させてもらうことにした。

ズックとジャンバーというラフな服装だったが、このままで良いと言う。庄原に着いて、電話で妻には、広島のおじさんの家に行くので、2日ほど家をあけるとウソも方便した。駅前のカメラ店でフィルムを問題のあるお金(これはあとで詳しく述べよう)で購入し出発と相成ったが、よく考えたら秀樹君に会ってから、一度もシャッターを切っていないのはおおいなる不覚であった。本当に感動したときは写真を撮ろうという考えそのものが生じないのかも。

グランドキャニオン、ナイヤガラの滝、南米のイグアスの滝、中国の桂林などそれこそ数えきれないほどの名所を見てきたが、それぞれに感動ものの景色であり、それぞれに個性があるので、どこそこの景色の方がここの景色よりもいいよと言うような比較は意味のないことだと秀樹君は言っていた。